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都山流は1896(明治29)年2月15日に流祖・中尾都山(1876〜1956)が、大阪市天満で尺八を教えはじめた日を創立記念日としています。
尺八は江戸時代に虚無僧が独占し、演奏する曲も宗教的なものがほとんどでしたが、都山は1903年の「慷月調」を始めとして、従来の古典尺八曲にはない新しい「都山流本曲」を次々と作曲しました。また古典尺八曲はほとんど独奏曲でしたが、都山は合奏曲の本曲という新しい分野を開拓しました。
都山はこれらの作品を独自に考案した合理的な記譜法で楽譜にし、1908年から出版をはじめました。1924年には当時新進の箏演奏家でもあった宮城道雄の尺八楽譜を最初に出版し、翌25年には宮城道雄と共に西日本縦断の演奏旅行を行いました。ここからいわゆる「新日本音楽」が盛んになりますが、正に都山はその生みの親の一人であり、育ての親でもあります。更には、久本玄智、斉藤松聲、中村双葉、山川園松ら次々と輩出した新しい才能の作品を演奏会や講習会で取り上げ、世に紹介していきました。 時代は少しさかのぼりますが、1922年に都山は本拠地を大阪(枚方)から東京に移しました。それまで西日本に片寄っていた門人がこれ以降全国に広がり、また山田流箏曲家との親交も深めていきました。 以上のことに加えて、月刊機関誌「都山流楽報」の発行(1914年より)、試験制度による教授者の育成(1911年より)、評議員制度による組織の運営(1917年より)などの新基軸を打ち出し、短期間で都山流は尺八界最大の流派になりました。これらの功績により、都山は53年に日本芸術院賞を受賞しました。 都山流は初代中尾都山の没後、1965年に文部省より「財団法人」として認可され、現在四代宗家中尾都山を都山流尺八楽会総裁に推戴しています。教授者の育成のほか、日本全国各地で演奏会、講習会等を開催し、尺八音楽の普及と振興に努めています。現在、教授の資格を持つ師匠は6000名に及び、一般の及門者を含めると数万人の組織です。1949年より本部を京都に置き現在にいたっています。 |
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